ホビヲの四百文字

400文字くらいの文章を書きます。

「大人の珈琲」を、今は亡き親父のために淹れた話

親父が亡くなり7回目の夏、淹れたての珈琲をお供えした。

生前聞いたことがある。
「どうして何も入れないの?」
「大人になったらブラックなんだ」
即答だった。

癌を患い余命わずかとなった親父。ホスピスで二人きりになったとき、ひとつのお願いをされた。

「珈琲を頼むよ」

口を潤す程度の水しか許されていないが、最後の頼みと思い急いで売店へ。自販機の「ミル挽き珈琲」に硬貨を投入し、ブラックのボタンを押した。

病室に戻ると、嬉しそうな親父の顔。

覚悟を決めて口元にカップを、誤飲の恐れを考慮し慎重に持っていく。

飲めたのはほんの一口。
「ありがとう」とつぶやく父。
約束を破った二人には充足感があった。

しばらくして親父は逝った。
どうせなら最期に旨い珈琲を飲ませたかったな。

「美味しいブラックだよ」
仏前に供えた珈琲、嬉しそうな親父の顔が目に浮かぶ。